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第545号 2003(H15).09発行

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水稲へのケイ酸施用による害虫管理

埼玉県農林総合研究センタ一生産環境担当
担当部長 江村 薫

はじめに

 昨今,有機栽培に代表される減農薬,減化学肥料の水稲作が求められている中,ケイ酸資材についても,新たな視点で害虫発生の抑制効果を再検討する必要がある。本稿は,埼玉県で近年行った試験例「参考文献1)3)4)」を素材に害虫との関連を中心に構成した。ケイ酸資材の有効性の再認識と新たな技術発展に寄与されれば幸いである。

1.ケイ酸と病害虫

 ケイ酸含有量の多いイネが病害虫の発生を抑制する事実は,広く知られているところであり,特に,いもち病の抑制との関係は,多くの人々による歴史的研究が多い。小野(1944)は,その先駆者は岡山県の大原農業研究所に在職していた小野寺伊勢之助(1917「大正6年」)による「稲熱病の科学的研究,第1報,農学会報180号(1917 ・大正6年)」であり,この論文がケイ素と病害の関連研究として最初のものであり,その意義は大きいとしている。

 一方,害虫抑制に関しては,それから27年後の馬場赳(1944・昭和19年)による報告によるニカメイガとイナゴの発生量がケイ酸施用区で少ないことの指摘から始まった。その後,笹本(1954)に始まる一連の研究によりケイ酸資材施用区ではニカメイガの摂食が阻害される,幼虫死亡率が高い,体型は小型化する,幼虫の歯「大顎」が摩耗する(図1),山梨県の釜無川流域(特に甲府市西部地域)は笛吹川流域よりケイ酸含有量が高くニカメイガの被害が少ない,などが示された。その後,1960年頃からニカメイガの発生が抑制されている要素として,ケイ酸カルシウム消費量の増加が指摘されている(尾崎1974,高木1974,宮下1983)。これらの事象は,強固なシリカセルロース膜やケイ化機動細胞(図2)に起因すると考えられる。

 以上のように,ケイ酸含有量の多い稲作りは,病害虫抑制型の水稲づくりであると言い換えることができる。しかし,1950年代から主役となった有機化学農薬と比較すると,このような耕種的防除法は鮮明な効果判定が得られにくい欠点があり,1960年頃を境に研究が空白状態となった。

2.ケイ酸資材の本田施用による病害虫抑制

 埼玉県の秩父地域は東京湾に流れ込む荒川の源流域である。そこに存在する吉田町から,地域ではゲンジボタルを対象としたホタル祭りが行われていること,ホウネンエビやカブトエビが多く発生しており,ホウネンエビを守る会も結成され,カブトエビでの除草効果に期待する農家も多いことなどから,それらの水生生物を保全しながら水稲作を行う技術の可能性を打診された。

 その対応策として検討に入った技術が,化学農薬を使わないケイ酸資材による病害虫防除であった。地域の病害虫発生の実情は,いもち病,イネミズゾウムシ,ニカメイガによる被害が多いこと,ケイ酸資材としてのケイ酸カルシウムを施用する農家が減少していることであった。そこで,ケイ酸資材の施用と病害虫の抑制の関係を検討する試験を現地の吉田町と行田市で実施した。試験区は,ケイ酸資材の施用量はかなり多い設計としてその効果を検定した。

 吉田町で行った結果を表1,2で示した。7月上旬におけるイネミズゾウムシ幼虫の発生はシリカゲル処理区及びケイ酸カリウム処理区は無処理区の33~39%の発生量,イネゾウムシ幼虫は35~47%の発生量であり,明らかな抑制効果が認められた。いもち病は収穫時調査において,発病穂率,発病度とも50%以下の発生量となり,更に,いもち病の箱施薬処理と同等の効果であった。ニカメイガの被害は顕著に少なく評価は不可能であった。

 行田市ではケイ酸カルシウム区も加えた試験区を設けてニカメイガ第2世代を検討した。その結果,収穫わら(9.9㎡)での幼虫は無処理区で27個体確認したのに対し,ケイ酸資材処理区では全ての区で発見できなく,箱施薬剤と同等の効果であった。

3.育苗箱へのシリカゲル施用に害虫抑制

 育苗箱にケイ酸資材を施用する技術がシリカゲルを用いることで可能になった。従来のケイ酸カルシウムやケイ酸カリウムではアルカリが強く,育苗箱へは少量の施用とならざるを得なかったが,シリカゲルはほぼ全量を育苗用土として活用しても障害は生じなかった。

 図3はニカメイガ第1世代幼虫に対する防除効果を示したものであり1箱当たり250gのシリカゲル混用で被害を抑制した。この試験では,収穫時の第2世代幼虫被害の抑制効果は明らかでなかった。

 図4,図5はイネミズゾウムシに対する防除効果であるが,越冬成虫による食害株率が減少し,7月上旬における発育遅延効果が当年世代の成虫化率の低下によって示された。発育の遅延については,産卵時期が遅延したものか,あるいは発育速度そのものが遅延したのかについては明らかでないが,シリカゲルの育苗箱施用がイネミズゾウムシの抑制に寄与していることは明らかであろう。

 なお,図3の試験での移植時の苗の分析値を表4で示した。シリカゲル施用によって二酸化ケイ素含有量の増加と対照的に窒素含有量が低下している。病害虫の発生は窒素との関連が強いことは随所で明らかであり,ケイ酸資材の施用が窒素の抑制に寄与する結果,病害虫の抑制にも関与する観点も重要であろう。

おわりに

 この小文はケイ酸と病害虫,特に害虫との関連で記述し,ケイ酸資材がイネミズゾウムシやイネゾウムシの抑制にも有効であることを述べた。最後に述べた窒素については病害虫の発生との関連が強い。現在,水稲育苗箱全量施肥技術が普及しつつあるが,この施肥体系は植物の生長に必要な窒素を徐々に供給し過剰窒素を抑制するシステムであり,病害虫の発生抑制に有効な成績も得られている。ケイ酸資材と肥効調節型肥料は,新たな病害虫抑制型施肥体系として今後の技術開発が必要と考える。

参考文献

1)相崎万裕美・江村薫(2002)2002年度土肥学会・関東支部大会要旨16

2)馬場赳(1944)農業及び園芸 19:541-543

3)江村薫・相崎万裕美・矢ヶ崎健治・加藤徹(2002)第46回応動昆大会要旨135

4)江村薫・加藤徹・植竹恒夫(1999)第4回農林害虫防除研究会報告61-62

5)宮下和喜(1982)ニカメイガの生態,個人出版,136pp

6)小野小三郎(1994)イネいもち病を探る,植物防疫協会,東京,174pp

7)尾崎幸三郎(1972)四国植防 9:13-23

8)笹本馨(1954)植物防疫 46:372-374

9)同上(1958)日本応用動物昆虫学会 2:88-94

10)高木信一(1974)植物防疫 28:7-11

11)吉田昌一(1965)農業技術研究所報告B15:1-58

 

 

エルニーニョ現象に伴う天候の特徴

富山地方気象台 防災業務課
調査官 河口 保

1.はじめに

 近年,気候変動という言葉をよく耳にする。その中でエルニーニョ現象が注目されており,気象に携わっている関係者としてこの現象について紹介する。

 エルニーニョ1)現象とは,大平洋赤道域の南米沿岸から中央部の日付変更線付近にかけての広い海域で海面水温が平年に比べて高くなり,それが半年から1年半程度持続する現象であり,数年に一度発生する。これとは逆に,同じ海域で海面水温が平年より低い状態が継続する現象はラニーニャ2)現象と呼ばれる。

 エルニーニョ現象は,海面のみの現象ではなく海洋の内部の変化も伴い,また大気の動きとも密接に関係している。通常大平洋の低緯度海域の海面気圧配置は,東部で高く西部のインドネシア付近で低くなっており,両者の気圧差に応じて大平洋の海面付近では東から西ヘ貿易風が吹いている。

 この貿易風に吹き寄せられて海面下数百メートルまでの表層では,西部のインドネシア近海に暖かい海水が蓄積し,東部の南米沖では深層から冷水が湧き上がって海面水温は西部で高く,東部で低くなっている。西部の比較的暖かい海域では水がさかんに蒸発するとともに,上空では上昇気流が生じ,次々に雲が発生している。

 ところが,エルニーニョ現象が発生しているときは貿易風が弱く,海洋表層の暖水の厚さが西部で通常より薄く,東部で厚くなるとともに,東部では深層からの冷水の湧き上りは弱くなっている。このため,中部から東部大平洋赤道域の海面水温が通常よりも高くなっており,それに伴って雲がさかんに発生する海域も通常より東に移動する。ラニーニャ現象が起こっているときは逆に貿易風が平年に比べて強く,東西の海面水温の差も平年より大きくなる。

 地上気圧については,南大平洋東部で平年より高く(低く)なるとインドネシア付近で平年より低く(高く)なるという,シーソーのような変化をすることが20世紀初頭から知られており,南方振動(Southem Oscillation)と呼ばれていた。

 現在では,この南方振動とエルニーニョ現象は大気と海洋が密接に結びついた同一の現象のそれぞれ大気側,海洋側の側面として認識されている。このため両者を併せたエルニーニョ・南方振動(ENSO)という言葉もよく使われている。

 エルニーニョ現象は,世界各地の天候と関係があるといわれている。日本の天候についても,エルニーニョ現象が起こっているときには平年に比べて梅雨明けが遅れ気味で,冷夏や暖冬になりやすいといった統計的な関係がある。ただし,エルニーニョ現象がもたらす天候への影響は,必ず現れると言うわけではなく,例えばエルニーニョ現象が起こっていても日本の夏の平均気温が平年より低くなる確率は50%程度で,平均気温が平年より高くなる場合もある。そもそも天候はエルニーニョ現象だけに左右されているわけではなく,異常気象にはエルニーニョ現象とは結びついていないと考えられるものが多数あるので注意が必要である。

2.工ルニーニョ現象の定義

 気象庁は,エルニーニョ監視海域(北緯4度~南緯4度,西経150度~西経90度)の海面水温の基準値(1961年から1990年までの30年平均)との差の5か月移動平均が,6か月以上連続して0.5℃以上になった場合をエルニーニョ現象,-0.5℃以下となった場合をラニーニャ現象と定義している。

3.南方振動指数

 南方振動の様子を示すため,東部の代表地点として南大平洋のタヒチ,西部の代表地点としてオーストラリア北部のダーウィンをとって,この2地点の月平均海面気圧の平年偏差に基づいて計算された指数を南方振動指数と名づけている。この指数は大平洋赤道域を吹いている貿易風の強さの目安となり,正の値は貿易風が強いこと,負の値は弱いことに対応している。

 一般にエルニーニョ現象が起こっているときは南方振動指数が低く,ラニーニャ現象が起こっているときには南方振動指数が高い。

4.工ルニーニョ現象及びラニーニャ現象の発生期間

 エルニーニョ現象は1949年以降,14回発生している。富山県における水稲の収量と作況指数は以下のとおり。

 平成5年は6月2日の梅雨入り以降,梅雨明けが特定されないまま9月上旬まで記録的な低温,寡照,長雨が続き,水稲は低温障害による不稔や倒伏,いもち病の発生などで作柄は著しい不良であった。

5.工ルニーニョ現象に伴う天候の特徴

 エルニーニョ現象の発生に伴い熱帯域を中心に大気の流れが大きく変化して,その影響が中・高緯度にも伝わるため,世界の天候に影響が及ぶことが知られている。大平洋熱帯域に位置するインドネシア周辺地域や南米北部などでは,エルニーニョ現象の直接的な影響を受ける。一方,熱帯域から離れた中緯度に位置する日本の天候にも間接的に影響が及ぶことが,過去50年程度の資料に基づく調査により分かってきた。

 エルニーニョ現象発生時の日本及び世界の天候に現れやすい特徴は以下のとおり。

5-1.日本の天候

 エルニーニョ現象に伴って現れる天候の特徴を季節毎にまとめた。取り上げた気象要素は,季節平均気温,季節降水量,梅雨の入り明けである。各要素について,3階級(気温は「低い」,「平年並」,「高い」,降水量は「少ない」,「平年並」,「多い」,梅雨の入り明けは,「早い」,「平年並」,「遅い」)の出現頻度を,次ページの図にまとめた。

(1)春(3~5月)

 気温の傾向については特徴は見られない。降水量は,北日本日本海側では「平年並」の割合が大きく,北日本大平洋側で「平年並~少ない」,東日本日本海側と西日本で「平年並~多い」の傾向がみられる。

(2)夏(6~8月)

 気温は,北日本,東日本,西日本では「平年並~低い」の傾向が明瞭で,特に西日本で「低い」割合が大きい。南西諸島「低い」が50%を占めるが「高い」も約30%ある。

 降水量は,東日本,西日本では「平年並~多い」の傾向が顕著で,特に西日本日本海側で「多い」の割合が約70%を占める。

【梅雨の入り明け】

 梅雨入りは,四国では「平年並~早い」の傾向がみられるが,その他の地域では,明瞭な傾向はみられない。
 梅雨明けは,沖縄を除き「平年並~遅い」の傾向が見られ,特に四国では「遅い」の割合が大きい。

(3)秋(9~11月)

 各季節の中では最も気温の偏りが明瞭である。全国的に「平年並~低い」の傾向が明瞭で,特に東日本,西日本,南西諸島で「低い」の割合が多い。

 降水量は,東日本では「平年並~少ない」の傾向がみられる。

(4)冬(12~2月)

 気温は,北日本では「平年並~低い」,東日本,西日本,南西諸島では「平年並~高い」の傾向がみられる。

 降水量は,東日本太平洋側では「平年並~多い」の傾向が明瞭で,南西諸島では「多い」の割合が大きい。また,北日本太平洋側,西日本でも「平年並~多い」の傾向がみられる。

 以上まとめると,エルニーニョ現象の発生時に現れやすい天候の特徴には,
・夏は平均気温が平年並か低く,東日本や西日本で降水量が平年並か多い傾向
・梅雨明けは平年並か遅れる傾向
・秋には平均気温が平年並か低い傾向
・冬の平均気温は平年並か高い傾向
など,季節や地域によって様々な傾向がみられる。

5-2.世界の気候

 エルニーニョ現象の発生時に現れやすい世界の天候の特徴は,地域や季節によって異なる。東南アジアや南米など熱帯の地方ではエルニーニョ現象の直接的な影響を受けるため,顕著な少雨や多雨の発生が報告されている。降水量や気温の変動のほかにも,台風や大西洋のハリケーンの発生数が減少する傾向があると報告されている。

6.ラニーニャ現象に伴う天候の特徴

 エルニーニョ現象発生時に比べて天候が平年の状態から偏る割合は小さい。気温に現れる特徴は季節・地域によりばらつきはあるが「平年並」になることが多い。秋の後半から初冬にかけて「平年並」~「低温」の割合が多い。降水量は冬は「平年並」~「多い」割合が多い。梅雨の入り・明けの時期はともに「平年並」~「早い」の割合が多い。梅雨期間の降水量には平年からの偏りは見られない。台風の発生数,接近数ともに平年からの偏りはみられない。

7.むすび

 今回は,エルニーニョ現象について紹介したが,身近な植物の観察から気候変動をハダで感じることも大切ではないだろうか。

エルニーニョ,ラニーニャの意味

1)スペイン語でエル(El)は定冠詞,ニーニョ(Nino)は「男の子」の意昧で,エルニーニョは幼子イエス・キリストを指す。
2)ラ(La)は女性名詞の定冠詞,ニーニャ(Nina)は「女の子Jの意味である。

 

 

モチ・サツマイモの育成

石川県農業短期大学農業資源研究所
教授 島田 多喜子
助教授 大島 基泰

1.澱粉のモチ性

 イネにはモチ米とウルチ米があり,その利用は昔から日本人の生活に密接に結びついている。坂本寧男著「モチの文化誌」(1989)によれば,「モチ性はイネ科の栽培種(イネ,アワ,キビ,ハトムギ,モロコシ,オオムギ,トウモロコシ)のみに知られており,祖先野生種やその近縁種,あるいはそれ以外の野生種には全く知られていないのである。また,面白いことに,ユリの鱗茎(百合根),ジャガイモの塊茎,サツマイモの塊根など,大量の澱粉が貯蔵されており,われわれが日常利用している顕著な栄養繁殖体にはすべてウルチ性澱粉が貯蔵されており,モチ性のものが貯蔵されているという例は,今までにまったく報告されていない。」とある。また,モチ性穀類を利用する文化は東アジアに特異的に成立したということで,食文化的にも非常に興味深い。

 澱粉はグルコースが直鎖状につながったアミロースと枝分かれしているアミロペクチンから構成されており,その構成比は植物種によって違うが,だいたいアミロースが20~25%である。ところがモチ性の澱粉には殆どアミロースが含まれていない。モチ米はアミロペクチンが100%で,アミロースが全く含まれていない。ダンゴムギなどとよばれているモチ大麦には,数%のアミロースが含まれているにすぎない。トウモロコシではワキシーコーンとよばれるアミロースが全く含まれない系統から60%以上もアミロースが含まれる系統まで種々の系統があり,それぞれの用途に合わせて利用されている。

 近年,自然界にはモチ性が存在しない作物において人為的にモチ性の澱粉を持つ品種が育成されている。小麦では,モチ性の遺伝子を潜在的に持っている系統を探し出し,それらをかけ合せることによってモチ小麦が開発されている。このモチ小麦は粘りがあってうどんに適しているという。ジャガイモでは,放射線を照射して突然変異をおこして,モチ性ジャガイモが育成されている。分子生物学の発展により,粒結合型澱粉合成酵素(GBSS)とよばれる酵素がアミロースを合成する反応を触媒していることが解明された。モチ性澱粉品種ではこのGBSS酵素が作られないため,アミロースが合成されず,アミロペクチンのみの澱粉となることが分かってきた。そこで,GBSS遺伝子を働かなくするような遺伝子をジャガイモに導入してモチ性澱粉を持つ遺伝子組換えジャガイモが作られている。

 サツマイモ澱粉は約20%のアミロースを含み,モチ性のサツマイモは今までなかった。我々は,バイオテクノロジーを使ってサツマイモの品種改良に取り組んできているが,2年程前,九州沖縄農業研究センターとの共同研究で,サツマイモのGBSS遺伝子をサツマイモに導入した結果,アミロースを全く含まないモチ性澱粉を持つサツマイモを1個体得ることができた。今回,もっと多くのモチサツマイモを得るために,遺伝子組換えによってRNA干渉(RNAi)という新しい方法で多くのモチサツマイモの作出に成功した。

2.サツマイモの遺伝子導入

 植物に特定の遺伝子を導入する方法はいくつかある。アグロバクテリウムという土壌細菌を使って遺伝子を植物細胞に導入する方法がもっともよく使われている。遺伝子組換え植物を得るには,特定の遺伝子が導入された細胞から再び植物個体を育てていく過程が必要であり,それは組織培養技術である。組織培養技術を使わないで遺伝子組換え体を作る方法もあるが,現在ではまだ少数の植物で成功しているにすぎない。

 サツマイモの組織培養技術,つまり細胞から植物体への再生技術は,イネやジャガイモなどに比べて難しかった。サツマイモのイモや葉柄などからカルス(細胞塊)を誘導することは容易であり,そのカルスを増殖することができる。しかし,それから芽を再生させ,植物にまで育てるのは限られた品種で成功しているにすぎず,またその頻度は低かった。我々は,サツマイモの蔓先の生長点を特殊な植物ホルモンで培養することによって,植物体を再生する能力を持ったカルスを得ることに成功した。その再生能力のあるカルスに, 導入したい遺伝子を付与したアグロバクテリウムを接種し,サツマイモ細胞に遺伝子を組み込んだ。その細胞から遺伝子組換えサツマイモを得ることに数年前に成功した。現在まで,除草剤耐性遺伝子など種々の遺伝子を導入した組換えサツマイモの解析を進めている。

3.モチサツマイモの育成

 前述したように,モチ性の澱粉にはアミロースが含まれていない。そこでアミロース合成に関与するGBSS遺伝子を操作することによってモチ性澱粉にすることが可能である。九州沖縄農業研究センターの木村ら(1998)はイネやジャガイモなどの遺伝子と相同性の高いサツマイモのGBSS遺伝子を単離して解析した。我々は,その遺伝子情報から,RNA干渉を生じるようにGBSS遺伝子の一部を繋いでサツマイモに導入し,遺伝子組換えサツマイモを作出した。

 RNA干渉(RNAi)というのは二本鎖RNA(dsRNA)を細胞内に導入すると,その配列に対応するmRNAが特異的に分解されることにより遺伝子発現が抑制される現象で,1998年に線虫で発見され,その後種々の生物で同じ現象が報告されてきている(図1)。

 ここでは,サツマイモGBSS遺伝子の一部を二本鎖RNAを作るように設計して,それをサツマイモに導入した。その結果生じたGBSSの二本鎖RNAがサツマイモのGBSSmRNAを分解してしまうためにGBSS酵素を作ることができず,従ってアミロースが作られない,つまりモチ性の澱粉のサツマイモになることが期待された。

 サツマイモの品種「高系14 号」の再分化能力の高いカルスにアグロパクテリウムを利用して上述したように設計された遺伝子を導入した。多くの遺伝子組換えサツマイモが得られたが,そのうち38系統を隔離温室で栽培し分析した。イモの切片をヨウ素染色したところ,70%以上の組換え系統の澱粉が赤茶色に染まった(図2)。

 ヨウ素はアミロースに結合して濃青色になるため,普通のサツマイモは濃青色に染まる。ところが濃青色ではなくて赤茶色であるということは,アミロースがないか,非常に低いことを示している。実際に,分光光度計で測定し,アミロース含量を計算したところ,赤茶色に染色された澱粉にはアミロースが全く含まれていないことが確認された。

 遺伝子組換え植物のうち約30%は濃青色に染まり,分析の結果,普通のサツマイモと同じ18~20%のアミロース含量であり,中間の含量のものはなかった。RNA干渉が70%以上の組換体で働いて,GBSS遺伝子の発現を完全に阻止したと考えられる。RNA干渉が遺伝子の発現を阻止し,新たな形質を付与するのに非常に有効な手段であるといえる。

 遺伝子組換えサツマイモは,高系14号と見かけは殆ど差異がなく,正常に生育した(図3)イモの収量も正常のものと殆ど変らなかった。また,澱粉収量も大きな差異はなく,アミロースを全く含まないモチ性の系統とアミロースを含む系統も大きな差異はなかった。

4.これからのサツマイモ

 サツマイモは単位面積当たり澱粉生産量が最も高い作物である。しかも,窒素肥料の要求性が低く,少量の肥料で最大の収穫を上げることができる。また,他の作物に比べて病害虫,雑草,自然災害が少ないため,農薬の使用量も少なくてすむ。そのため,サツマイモは環境に負荷を与えることが少ない,まさに21世紀の日本の作物といえる。

 澱粉は食品加工や工業用原料として幅広く大量に利用されており,このようなサツマイモの澱粉が大いに利用されることが望ましいが,残念ながら,現在では,食品加工や工業用原料には殆どがトウモロコシ澱粉が使われているという。トウモロコシでは種々の突然変異体があり,その澱粉はアミロース含量が0%のワキシーコーンと言われるものから60%以上もあるアミロコーンまで種々の澱粉がそろっている。そのため用途に応じた成分の澱粉が生産できれば,利用が拡大できる可能性が高くなる。我々は,遺伝子組換えによってワキシーコーンに匹敵できるワキシースイートポテ
ト(モチサツマイモ)の育成に成功した。これは,新しい食品素材としての利用,増粘剤,澱粉フィルムなど種々な利用が期待される。また,アミロース含量を増加したサツマイモの育成にも取り組み始めた。

 サツマイモ生産の拡大のためには,澱粉組成の改変以外に生産コスト削減が必要である。澱粉含量を増加させることも生産コスト削減につながるだろう。従来の育種方法で澱粉含量が多い澱粉生産用のサツマイモ品種が開発されてきてるが,さらなる澱粉生産の増大のためには遺伝子組換え技術が必要となるだろう。また,トウモロコシ生産は高度に機械化され省力化によって生産コストが抑えられている。ところが,サツマイモは苗の植え付け,収穫などでの機械化が進んでいない。機械の開発と共に,機械化に適した直播用の高澱粉生産性品種の開発も必要である。

 さらに,サツマイモ澱粉の改変については,アミロース含量の変更のみならず全く新しい付加価値の高い澱粉(炭水化物)を微生物由来の様々な糖質関連酵素遺伝子の組換えによって,サツマイモで生産できる可能性もある。現在のところは,遺伝子組換え作物が容易に受け入れられる状況ではないが,これからの研究の進展により安全性が確信できるようになっていくと我々は楽観している。すばらしい作物であるサツマイモを遺伝子組換えによって種々の新規な澱粉を生産できるようにし,近い将来,食品加工や工業原料として大いに利用されることを夢見ている。

用語説明

●粒結合型デンプン合成酵素
 (granule-bound starch synthase,GBSS)
 デンプンの生合成に関与する酵素の一種で,澱粉に強固に結合(granule-bound)している。この酵素が欠損したwaxy変異体では澱粉がアミロースフリー(モチ)になることから,GBSSはアミロース合成を行うとされている。

●アンチセンスRNA
 遺伝子(DNA)を鋳型にして合成されるリボ核酸(メッセンジャーRNA,mRNA)に対し相補的な配列を持つRNA。アンチセンスRNAが細胞内にあると,相補的なmRNAと対合し,遺伝子の発現を抑制する。この技術によって遺伝子発現を任意に抑制できる。

●RNA干渉
 二本鎖RNAを細胞内に導入すると,その配列に対応するmRNAが特異的に分解されることにより遺伝子発現が抑制される現象をいう。図1に示されるように,細胞内の二本鎖RNAは短い二本鎖RNAに分解される。その短い二本鎖RNAが1本になり,その配列に対応するmRNAに対合するとそのmRNAは分解されてしまう。そのため遺伝子発現が抑制されてしまう。この機構を利用して細胞内で合成される種々のタンパク質の量を減少させ,望ましい形質になるような遺伝子組換えが行われている。

 

 

肥料と切手よもやま話(12)

越野 正義

精密農業と肥料

 このシリーズの最後に宇宙開発と人間生活の切手(国連)をご覧いただく。空には人工衛星が飛びパラボラアンテナがあり,手前にはコンパインで何かを収穫している。

 人工衛星の農業利用では,冷戦時代のアメリカがソ連の農作物収量を推測していた例が有名である。日本でも作付け面積,収量,品質,病害虫被害の発生などをリアルタイムに推定する研究がされている。解像度が高くなると,いつどこの畑にトラクターが入ったかまで分かるようである。

 現在では位置情報の利用が重要である。カーナビを収穫機に付けて走行中に収量データをとり,位置情報とともに記録する技術はアメリカでは実用化されている。北陸農業研究センターでも水田で研究しており,収量のマップを細かく作り,翌年の施肥管理に利用しようとしている。衛星データではなく,土壌分析を走行中の作業機でリアルタイムに連続的に行なうことも試みられている。

 土壌中の肥料成分のマップができれば,それに応じて施肥量が変えられる施肥機(variable-rate applicator)が必要になる。走行中に,三要素の比率を変えながら施肥量を自由に変えられる肥料の形態はどういうものか,今から研究する必要がないだろうか。

 (財 日本肥糧検定協会 参与)